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大阪高等裁判所 昭和58年(ネ)1326号 判決

【主文】

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は被控訴人に対し、金一〇万円及びこれに対する昭和五八年九月二三日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じこれを一〇分し、その一を控訴人の負担とし、その余は被控訴人の負担とする。

三  この判決の一項1は仮に執行することができる。

【理由】

一不動産売買を業とする訴外会社が、昭和五五年一〇月三〇日控訴人に対し、本件土地を金三〇〇万円で売り渡し、控訴人が、同日訴外会社に対し、右代金の内金二〇〇万円を支払つたこと、又訴外会社が、同日までに本件土地につき、控訴人のために所有権移転登記手続をしたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、その頃、控訴人が訴外会社から、本件土地の引渡しを受けたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

二<証拠>によれば、訴外会社が昭和五七年三月二〇日ころ、被控訴人に対し、訴外会社が昭和五七年三月二〇日ころ、被控訴人に対し、右売買残代金一〇〇万円の債権を譲渡したことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。そして訴外会社が、同年五月二七日付書面をもつて控訴人に対し、右債権譲渡の通知をなし、右書面が同月二八日控訴人に到達したことは当事者間に争いがない。

三控訴人は、売買残代金一〇〇万円は昭和五五年一一月初めころ訴外会社に支払つた旨主張するが、<証拠>に照らしてたやすく信用できず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。

よつて控訴人の弁済の抗弁は採用できない。

四次に控訴人の当審における新たな主張につき判断する。

1(一)  井戸再掘の趣旨はともかくとして、本件売買契約が締結された昭和五五年一〇月三〇日、控訴人と訴外会社との間に、訴外会社において本件土地の側にある既存の井戸を再掘し、井戸の再掘がなされたときに控訴人は訴外会社に対し残代金一〇〇万円を支払う旨の合意が成立したことは当事者間に争いがない。

(二)  そこで、右井戸再掘の趣旨について検討する。<証拠>によれば、訴外会社は、その所有の本件土地を含む付近一帯の土地を道路用地及び前記既存の井戸の用地を除いて七区画に区分し、昭和五五年七月から同八月にかけて日本経済新聞に別紙(一)、(二)記載の広告を掲載して売り出したことが認められ、<証拠>によれば、訴外濱野秋男は、昭和五六年四月ころ、知人の訴外今野信行を介して訴外会社から前記七区画の土地の一部を買受けたが、その際訴外今野から、訴外会社の言として右土地は海に近く別荘地として最適であり、又前記井戸は飲料用として共同使用する旨を聞かされていたことが認められ、これらの事実及び<証拠>を総合すれば、訴外会社は、前記七区画の土地を民宿あるいは別荘用地に適した飲料用水完備の土地として売り出したものであることを認めるに充分であり、これに反する原審証人前島穂積並びに原審及び当審における被控訴人の供述部分はたやすく信用できず他に右認定を覆すに足る証拠はない。

又<証拠>によれば、本件土地は、市街地からは相当離れた半島の小高い山の上にあり、上水道の設備が存する場所からは約一キロメートルは離れており、したがつて上水道を利用するとすれば高額の費用を必要とし前記既存の井戸を飲料水の水源とせざるをえない状況にあることが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

以上認定の各事実、前記(一)記載の争いのない事実、<証拠>を総合すれば、堺市内に居住している控訴人は、日頃から三人の子供の喘息に悩まされ転地療養のために空気の良い場所に別荘を持ちたいと考えていたところ、昭和五五年七月初旬、前記日本経済新聞の広告を見て右広告にかかる土地を別荘の建築用地として購入しようと考え、夫の訴外木村照文が控訴人に代つて訴外会社と交渉を始めたこと、右交渉の過程で、訴外会社の代表取締役である訴外前島穂積は、訴外照文に対し、本件土地は別荘地に適しており電気や電話もすぐに架設でき又前記井戸の水を飲料水として使用することが可能であり建物を建築すればすぐに居住することができる旨の説明をしたこと、そこで控訴人は本件土地を買い入れることとしたこと、そして同年一〇月二五日ころ控訴人と訴外会社との間で本件土地売買の合意がほぼ成立し、その際、同月三〇日に契約書を作成し同時に代金三〇〇万円の支払と引換えに登記済証(権利書)を交付する旨を約し、訴外会社は同月二七日本件土地につき控訴人名義に所有権移転登記手続をなし、右約旨にそう土地売買契約書等を取り揃えて契約締結の手はずをととのえたこと、ところが、控訴人は、前記井戸水が飲料水として使用可能か否かにつき不安をいだき、同月三〇日、控訴人に代つて契約締結の衝に当つた夫の訴外照文が、当時訴外会社の従業員として事務処理を任されていた被控訴人に対し、前記井戸水の水質検査をなし、もし、飲料水に適さないときは、井戸を再掘して飲料水として適した水質にするよう求め、被控訴人もこれを容れ、その結果、さきの合意内容を変更して訴外照文は、とりあえず代金の内金二〇万円を支払い一方、訴外会社は登記済証を訴外照文に交付し、水質検査の結果前記井戸水が飲料水として適さなければ、訴外会社において井戸を再掘して飲料水として使用しうるようにし、これがなされたときに控訴人は残代金一〇〇万円を支払う旨を約するに至つたことが認められ<る。>

(三)  そこで、その後の経緯についてみるに、<証拠>によれば、訴外会社が昭和五五年一一月一〇日保健所に依頼して前記井戸の水質検査をしたが、飲料水として適合しないとの結果が出たこと、その後控訴人は、訴外会社に対して右井戸水を飲料水として使用できるような処置をとるよう求めたが、訴外会社は、これをしないまま、昭和五七年二月ころ倒産したこと、その後控訴人において二回、被控訴人において一回、それぞれ保健所に依頼して前記井戸の水質検査をしたが、いずれも飲料水としては適しないとの結果であつたこと、そのため控訴人は、同年七月ころ、自ら、訴外宮田建築に依頼して前記井戸の再掘をし瀘過設備を設けて飲料水として使用しうるようにし以来これを飲料水として使用していること、控訴人は、右工事の費用として同年八月三日、金九〇万円を宮田建築に支払つたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

2  以上に認定した事実関係において、右井戸の再掘に関する控訴人の主張の当否について検討するに、控訴人のいう訴外会社が、井戸を再掘して井戸水を飲料水として適した水質にすべき旨の債務とは、ひつきよう、井戸水を飲料水として控訴人に使用させる債務と解されるところ、控訴人主張のように、控訴人の残代金一〇〇万円の支払債務の発生は、訴外会社の右債務の履行を停止条件としたもの、もしくは、訴外会社の右債務は、控訴人の右残代金支払債務との間で、先履行の関係に立つものとまでは解しえず、したがつて、控訴人のこの点に関する主張は失当というほかはないが、両債務は、少なくとも、同時履行の関係にあるものと解するのが相当である。

ところで前記認定のとおり訴外会社は、その債務を履行せずして倒産し、そのため控訴人は、自らの負担において、井戸を再掘して、これを飲料水として使用可能としたのであるから、控訴人は右工事に要した費用金九〇万円を、債務不履行による損害として、訴外会社に請求しうるものというべきである。そして債権者たる控訴人の行為によるものとはいえ、訴外会社の前記債務の目的は達成されているから、訴外会社の本来的債務は、既に消滅し、右債務は、それに代る損害賠償債務に転化したものと解すべきである。

3  そこで控訴人の相殺の抗弁について判断する。

(一)  控訴人が被控訴人に対して、昭和五八年九月二二日の本件口頭弁論期日において、本件残代金債権と前記損害賠償債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは本件記録によつて明らかである。

(二) ところで、前記認定の事実によれば、控訴人の訴外会社に対する損害賠償債権は、本件残代金債権の譲渡通知が控訴人に到達した昭和五七年五月二八日以降に発生したものであることが明らかである。したがつて民法四六八条二項の解釈適用上、控訴人は被控訴人に対して右相殺をすることができないと解しえないでもない。しかし前記認定のとおり、訴外会社の井戸を再掘して井戸水を飲料水に適した水質にすべき債務と控訴人の残代金支払債務とは同時履行の関係にあり、控訴人の同時履行の抗弁権は、前記残代金債権の譲渡がなされる以前から残代金債権に付着していたもので、民法四六八条二項により控訴人は被控訴人に対して右同時履行の抗弁権を主張することができたものである。そして前記のとおり右訴外会社の本来的債務が損害賠償債務に転化したとはいえ、両債務の間の同一性は失われないから、控訴人の残代金債務と訴外会社の損害賠償債務との間には依然として同時履行の関係が継続しており、したがつて、控訴人は被控訴人に対し右同時履行の抗弁権を主張して損害賠償債務が履行されるまで残代金債務の支払を拒むことができるものと解される。そうだとすれば、訴外会社の前記損害賠償債務は、前記認定の本件残代金債権の譲渡がなされる以前に生じた事由により発生したものとして、民法四六八条二項により控訴人は被控訴人に対し、右損害賠償債務と本件残代金債務との相殺を主張することができるものと解するのが相当である。本件のような同時履行の関係にある債権相互の間の相殺を許しそれによつて相手方の抗弁権が失われる結果となつても、そのことが、特に相手方に不利益となりあるいは不当な結果をもたらすものとは考えられない。

(三)  よつて本件残代金債権は、控訴人の前記相殺の意思表示により金九〇万円の限度で消滅したものといわなければならない。

なお、本件残代金債権と前記井戸を再掘して井戸水を飲料水として適した水質にすべきことを求める債権あるいは損害賠償債権とが同時履行の関係にあることは前記判示のとおりであるところ、控訴人もしくは訴外会社において自己の債務を提供した事実は認められないから、前記相殺の意思表示がなされるまでの間はいずれの債務についても遅延損害金は発生せず、したがつて前記相殺は元本相互の間についてその効力が生ずるにとどまるものというべきである。

五以上によれば、控訴人は被控訴人に対し本件残代金一〇万円及びこれに対する前記相殺がなされた日の翌日である昭和五八年九月二三日から支払ずみまで商事法定利率六分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

よつて被控訴人の本訴請求は右支払いを求める限度で理由があるからこれを認容しその余は失当として棄却すべきもので、これと異る原判決を右のとおり変更することとす<る。>

(村上明雄 堀口武彦 寺﨑次郎)

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